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千の顔
2008-04-13
国語の教科書なんかでおなじみの作家の夏目漱石。「こころ」衝撃を受けました。
文学ってすげえ、と。
で、なんの話かというと、「肩こり」です。
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漱石は、「肩こり」 の産みの親といわれています。
なぜかというと、
肩が 「凝(こ)る」 という表現を初めて使用したとされているからです。
その著作
「門」(明治43年(1910年)発表) の中に、
女房のお米さんの背中を
「指で圧して見ると、頸(くび)と肩の継目の少し背中へ寄った局部が、
石の様に凝っていた」
とあります。
では、それまで、肩こりの症状はなかったのかというと、
そんなことはありません。
「肩がはる」と言っていたようです。
ただ、今ほど、一般的な使われ方はしなかったようです。
(ちなみに欧米にはこれに当たる言葉はない、
と何かで読んだんですが、
辞書で調べたら 「have a stiff neck」という言い方がありました。)
このことから思ったのは、
ぼんやりした形のないものに、名前(やレッテル)をつけることで、
その現象とか概念を、明確に意識することができるんじゃないかということです。
「肩こり」って、言い得て妙な言葉が使われたことで、
共通認識が生まれ、その予防法や対策などが広く出回るようになり、
巷の話題に使われるほどに一般化していったのではないかと思います。
さて、とっても強引に思われるかもしれませんが。
「コンプライアンス」も同じなんではないかと。
後ほど、何でいまコンプライアンスが必要とされているのか?
というところでも取り上げますが、
当たり前のことを表す言葉がこれだけ叫ばれるようになったのは、
「意識改革」のためなのではないかと思うのです。
急速に変化していくこの世の中で、
これまでの常識はもはや通じないことが多く、
建前の影に隠れ続けていた本音がスポットライトを浴びるようになり、
世界とのボーダレス化が進むことで、
奥ゆかしかった日本人像はどこへやら、
そんな時代の波の泳ぎ方さえも、
いろいろ出てはすぐ陳腐化し、
あるいは一見正しそうに見えたものも、すぐにその虚飾がはぎ落とされ、
何を信じたらいいのか、
何が正しいことなのか、
わかりにくにくくなっている中、
結局、当たり前のことを当たり前にやっていくのが、
回り道のようで近道なんじゃない?
ってところに気づいた人が、
その当たり前のことを当たり前にやるってことって、
アメリカあたりじゃ、コンプライアンスって言うらしいぜ。
となったんじゃないかと。
妄想にすぎない荒唐無稽な話ではありますが、
あながち大きくはずれてはいないのではないかと思ってます。
つまり、
激変の世の中で生き残るための、
意識改革のシンボルとしてのキーワードが
「コンプライアンス」
なのだ、と。
社会的要請として登場した言葉なのだと。
・・・
だからどこが、千の顔につながるのかって?
ちょっと前まで、お札になってましたよね。
現在は野口英世です。
うん。千円札。
絵的には髪型くらいの違いしか私にはわかりません。
二人ともちょび髭だし。
だから、千の顔。
コンプライアンス促進のために、ビジネスマン必須の資格です!↓

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なぜかというと、
肩が 「凝(こ)る」 という表現を初めて使用したとされているからです。
その著作
「門」(明治43年(1910年)発表) の中に、
女房のお米さんの背中を
「指で圧して見ると、頸(くび)と肩の継目の少し背中へ寄った局部が、
石の様に凝っていた」
とあります。
では、それまで、肩こりの症状はなかったのかというと、
そんなことはありません。
「肩がはる」と言っていたようです。
ただ、今ほど、一般的な使われ方はしなかったようです。
(ちなみに欧米にはこれに当たる言葉はない、
と何かで読んだんですが、
辞書で調べたら 「have a stiff neck」という言い方がありました。)
このことから思ったのは、
ぼんやりした形のないものに、名前(やレッテル)をつけることで、
その現象とか概念を、明確に意識することができるんじゃないかということです。
「肩こり」って、言い得て妙な言葉が使われたことで、
共通認識が生まれ、その予防法や対策などが広く出回るようになり、
巷の話題に使われるほどに一般化していったのではないかと思います。
さて、とっても強引に思われるかもしれませんが。
「コンプライアンス」も同じなんではないかと。
後ほど、何でいまコンプライアンスが必要とされているのか?
というところでも取り上げますが、
当たり前のことを表す言葉がこれだけ叫ばれるようになったのは、
「意識改革」のためなのではないかと思うのです。
急速に変化していくこの世の中で、
これまでの常識はもはや通じないことが多く、
建前の影に隠れ続けていた本音がスポットライトを浴びるようになり、
世界とのボーダレス化が進むことで、
奥ゆかしかった日本人像はどこへやら、
そんな時代の波の泳ぎ方さえも、
いろいろ出てはすぐ陳腐化し、
あるいは一見正しそうに見えたものも、すぐにその虚飾がはぎ落とされ、
何を信じたらいいのか、
何が正しいことなのか、
わかりにくにくくなっている中、
結局、当たり前のことを当たり前にやっていくのが、
回り道のようで近道なんじゃない?
ってところに気づいた人が、
その当たり前のことを当たり前にやるってことって、
アメリカあたりじゃ、コンプライアンスって言うらしいぜ。
となったんじゃないかと。
妄想にすぎない荒唐無稽な話ではありますが、
あながち大きくはずれてはいないのではないかと思ってます。
つまり、
激変の世の中で生き残るための、
意識改革のシンボルとしてのキーワードが
「コンプライアンス」
なのだ、と。
社会的要請として登場した言葉なのだと。
・・・
だからどこが、千の顔につながるのかって?
ちょっと前まで、お札になってましたよね。
現在は野口英世です。
うん。千円札。
絵的には髪型くらいの違いしか私にはわかりません。
二人ともちょび髭だし。
だから、千の顔。
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